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活動内容

第35回都草歴史探訪会「どっぷりつかろう桜の魅力・宇治の魅力」(12.4.5)

2012.04.10

 

 

1915-4橘島の枝垂れ桜 (2).JPG

★橘島の枝垂れ桜  咲きはじめ 

 

  1912-1紫式部像.JPG

  ★紫式部像

 

第35回都草歴史探訪会「どっぷりつかろう桜の魅力・宇治の魅力」(12.4.5)

◆日 時:平成24年4月5日  11時集合

◆集合場所:京阪宇治駅

◆参加費:会員 300円、一般 500円

◆参加者:39名

 ◆コース:京阪宇治駅⇒中ノ島⇒恵心院⇒宇治神社⇒宇治上神社⇒橋寺⇒エキストラコース興聖寺
 
 
 やや寒い花見になってしまいました。中ノ島の桜も2,3分咲きで、宴会としては盛り上がりに欠けたかも・・。花より団子の方もうす曇の寒さには勝てませんでした。
 あさぎり橋を渡った辺りから本格的な歴訪会になりました。
恵心院では、往生要集を著した、恵心僧都源信からこの寺の名が付けられたと信じていたのに、この寺には来なかったという新説に、心地よい???が頭の中を巡っていました。花の寺と称されているように、四季折々の美しい花が咲き乱れていました。今回も、ボケ、三春瀧桜、ミツマタ、水仙などなどでした。
 宇治神社と宇治上神社、上社と下社と称されていたときは一体として祀られていました。しかし、明治期に分離させられ、宇治上神社が世界文化遺産に指定されてからは、別々に発展するようになりました。この神社が有名になったのに、もう一つの要因があります。創建年代が科学的な測定により特定されたのです。アメリカにより開発された技法ですが、日本では奈良の文化財研究所が採用しています。年代により、季節により、年輪の形成が異なることに着目し、木の種類ごとに、膨大な資料パターンを標準化し、対象物と照合し、年代を特定しようと言うものです。これにより、1060年と推定されました。
しかし、古材の再利用が日常的になされていた時代であり、科学的が必ずしも真実を指し示すものでないことは利用するものが注意しなければいけないと思いました。
 橋寺では、浼浼横流 其疾如箭(べんべんおうりゅう はやきことやのごとし)で始める
断碑、96文字の漢文、読んでもらい、何とか意味が分かったような気がしました。道登という人が橋を架けその功徳で死んでからもよろしゅう頼みます、と言うことだったと思います。
石と紙の話は蛇足でした。(面白かったよ、と言ってくださる方がありました)
エキストラコースの興聖寺、希望者だけのコースになりましたが、吉祥の庭など、とても素敵なお寺でした。
 
                                  (記事:田村光弘 専務理事)
 
 
 
1914-3橘島の枝垂れ桜 (1).JPG
 
★橘島の枝垂れ桜 満開の時にはどんなにキレイなことでしょう♪
 
 
 
 
 
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  ★昼食後のひととき
 
 
 
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        ★橋寺が所有管理  十三重の石塔
   
 
 
 
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 ★浮舟 モニュメント前で
 
 
 
 
 
 
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 ★ 花の寺  恵心院
 
 
 
 
 
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   ★宇治上神社 参道
 
 
 
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★宇治上神社 拝殿
 
 
 
 
 
 
 
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★放生院 橋寺
 
 
 
 
 
 (写真:林寛治 監事)

(事務局 小松香織)