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京都学・歴彩館府民協働連続講座 第17回都草講演会(2026.1.18)

2026.01.22

京都学・歴彩館府民協働連続講座 第17回都草講演会(2026.1.18)

日時:1月18日(日) 午後2時~午後4時

場所:京都府・京都学歴彩館 大ホール

講師:久禮旦雄氏(京都産業大学教授)

テーマ:京都の皇室と王朝文化の歴史に学ぶ

参加者 198名

 

第1部は「平安京の天皇と王朝文化の誕生」と題し、平安時代の天皇の業績を中心に天皇・貴族を中心とした王朝文化が生まれ発展する過程の説明をされた。

 

講演する久禮旦雄氏

まず桓武天皇と平安京遷都について、桓武天皇即位の経過を系図と資料を使って、その時代背景を話された。

次に、嵯峨天皇の時代には、平安京の祭祀や儀礼に中国文化の影響を色濃く受けて、古今和歌集にみられるような、複雑な感情表現が加わったことなどを話された。

 

講演する久禮旦雄氏

賀茂祭もこの頃から始まり、宇多天皇は宮中儀礼に民間行事を取り入れて再編し、また藤原基経は「年中行事障子」を作らせた。

現在日本人が王朝文化だと言っているものは、中国文化の影響が色濃くでている。日本人はそういう中国文化を吸収しながら、より繊細で緻密な日本文化を作っていった。

 

第2部「京都の天皇と王朝文化の復興」

武士の力が強まる中世、近世において、天皇を中心とした王朝文化がどのように維持、復興されていったか。

 

講演する久禮旦雄氏

戦国時代、天皇は財政難であったが何とか生き抜いてきた。

江戸時代になると、「禁中並公家諸法度」が作られ、天皇がすることが初めて規定化された。 

後水尾天皇は、江戸時代の最初の天皇であり、徳川和子が女御として入内、二条城行幸をするなど、将軍家との結びつきを強め、公家文化を復興させた。

朝廷と幕府の緊張と調和の中で、京都では「寛永文化」と呼ばれる、修学院離宮や桂離宮にみられるような見事な芸術文化が生まれた。

閑院宮からでた光格天皇の即位により、宮中の儀式や祭祀などの復興が行われ、朝廷の権威を高めていった。

当時の重要なものは常に絵にして残されている。

 

講演会場の歴彩館大ホール

幕府は天皇の権威を支えていくようになった。これはあくまで幕府の統治の枠組みの中での尊皇思想であったが、後の大政奉還論の前提となった。

難解な資料を今日の言葉でわかりやすく、数々のエピソードを交えて説明されたので、現在に至る王朝文化の成り立ちやその背景がよくわかった。

参加者からは、「賀茂祭のはじまりがよくわかった」 「お話が明快でとてもわかりやすかった」 「続きのお話も聞きたかったが時間が足りなかったのが残念」 などの意見が寄せられた。

皇室の王朝文化の歴史的背景を学ぶことができたのでもう一度再確認、再発見してみたいと思う。(会員 西條貴子)

 

司会の岸本幸子理事

受付

(写真 須田信夫)

(広報 須田信夫)