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都草公開講座『京都の庶民信仰とお地蔵さん』(第10回不思議研究会)開催結果(10.7.24)

都草公開講座『京都の庶民信仰とお地蔵さん』(第10回不思議研究会)開催結果(10.7.24)

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講師の斎藤利彦先生

◆日時:7月24日(土) 午後1時30分~

◆場所:ひとまち交流館京都(下京区河原町五条下ル東側)

◆第1部:講演「京都の庶民信仰とお地蔵さん」

     講師 佛教大学宗教文化ミュージアム 斎藤利彦先生

◆第2部:京のお地蔵さんめぐりプロジェクト会議

◆参加者数:33人

◆開催結果

●講演「京都の庶民信仰とお地蔵さん」の要旨

(地蔵信仰概説)

・5世紀ごろ:インドから中国に伝来。

・7世紀中ごろ:地獄のイメージが広がり、地蔵信仰が具体的に展開を始める。同時に極楽や地獄の様相を描いた浄土教の発展により、阿弥陀信仰も盛んとなる。

・同時期:日本に地蔵信仰が伝来。

・8世紀中ごろ:正倉院御物によって当時、地蔵信仰があったことが確認される。

・当時の仏教の主眼は鎮護国家だったので、個人救済を主眼とする地蔵信仰は大きな展開を見せず。天を司る虚空蔵菩薩と地を司る地蔵菩薩が一対の関係で限定的に信仰される。

・10世紀後半:浄土教の発展により地獄のイメージが広がり、六道救済の仏として地蔵菩薩が注目され始める。一方で貴族を中心に六道に対応する六観音信仰が出てきて、地蔵信仰の本格化には至らず。

・その後、天台宗や真言宗では、観音菩薩は阿弥陀如来の脇侍としての性格が明確になってゆき、六観音信仰は衰える。

・12世紀の初めごろ:今昔物語を始めとする仏教説話の多くで、地獄の救済者としての地蔵菩薩が注目を集め、単独尊としての地蔵信仰が確固たる地位を占め始める。実に地蔵菩薩渡来して400年後のことであった。

●京のお地蔵さんめぐりプロジェクト会議

・調査票の確定版について坂本理事長がその趣旨と内容を説明。

・上京、中京、下京各班会議を開催。

(HP運営委員会 吉見)

(写真は事務局小松さん提供)

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