activity

活動内容

第125回歴史探訪会東部会「京都御所深掘りで新しい発見を」(2026.6.4)

2026.06.08

第125回歴史探訪会東部会「京都御所深掘りで新しい発見を」(2026.6.4)

日時:令和8年6月4日(木)  12時30分受付13時~15時曇り

集合場所:京都御苑中立売休憩所前林間広場

参加人数:52名(44名+スタッフ8名)

コース:清所門内広場→宜秋門→諸大夫間→建礼門→紫宸殿→建春門→春興殿→清涼殿→小御所→御学問所→御常御殿→御内庭→御三間→御台所跡→解散

 

台風接近で心配しましたが、台風一過の曇り空、絶好のコンデションで探訪できました。

また、宮内庁の一般参観もあることからこの企画の参加者数を心配しましたが、当日は大変大勢の会員の参加をいただきました。

 

【御所の概論】

最初に御所清所門内の広場で、概論として当地に内裏が定まるまでの経緯や公家町の変化の説明を行いました。

 

御所清所門内の広場で御所の概論説明

 

【宜秋門】

公家の参内の入口で、参内風景が観光名所となっていたことやその様子について説明がありました。

 

宜秋門の説明

 

【諸大夫の間】

当時の身分制度の厳しさがわかります。部屋のふすま絵や畳縁の模様まで違いがあります。

 

諸大夫の間の説明

 

【新御車寄】

大正天皇の即位礼の時作られました。

天皇の玄関ですので「」は「み」と読みます。宜秋門からの玄関「車寄」は「お」と読みます。

 

新御(み)車寄の説明

 

【建礼門】

天皇や国家元首のみが通れる門です。皇后一人では通れません。

近時の例ではエリザベス女王が来日された時、ロールスロイスに乗って通られたのこと。

 

建礼門の説明

 

【承明門】

紫宸殿南庭(だんてい)の入口門。取囲む回廊も含め魔除けのため朱塗りです。

 

承明門の説明

 

【紫宸殿】

建築の特徴や大極殿と紫宸殿の違い、即位礼と高御座の歴史等を説明し、脱線話として時代祭の話をしました。

 

紫宸殿の説明

 

【建春門】

切妻平入り向唐破風四脚門。かつては神鏡が祀られた内侍所への門であったことから立派な門となっています。

明治以降は皇后陛下や皇太子殿下の出入りの門となりました。

 

建春門の説明

 

【春興殿】

大正天皇の即位礼の時、内侍所として新たに建てられ、神鏡が奉安されました。その前で即位礼に伴う儀式などが行われました。

 

春興殿の説明

 

 

【清涼殿】

平安京の当初は天皇のお住まいであったが、秀吉の時代以降は御常御殿に移り、主に儀式の際に使用されてきました。

平安時代の様式で間仕切りが多く、襖障子、衝立、屏風絵は約100面にのぼります。

また、天皇の日常生活や滝口の武士、呉竹漢竹の説明も行いました。

 

清涼殿の説明

 

【御池庭】

小堀遠州作と伝わる。東に面し東山の大文字の火が池に映ったと言われます。

 

御池庭にアオサギが

 

【小御所】

鎌倉時代中期に閑院内裏に建てられました。江戸時代には謁見や各種儀式に用いられました。

また、歴史に残る幕末の小御所会議の舞台となり、昭和では鴨川花火大会が原因で全焼しましたが御所水道により延焼が避けられた説明をしました。

 

小御所の説明

 

【御学問所】

文字通り天皇の学問の場のための建物ですが、和歌の会や臣下との対面に用いられます。

「王政復古の大号令」を発せられる場となりました。

 

御学問所の説明

 

【蹴鞠の庭】

小御所と御学問所の間の四角い庭です。四隅(松、柳、桜、楓)の木の中で鞠を蹴る優雅な遊びです。エリザベス女王もご覧になりました。

 

蹴鞠の庭の説明

 

【御常御殿】

天正18年(1590)の造営で紫宸殿に次ぐ規模の建物です。

全室畳敷の天皇の日常のお住まいです。

また、対面の場などにもなり、三種の神器のうちの御剣と御璽を納める間もあります。

 

御常御殿の説明

 

【御内庭】

御常御殿の東側にある池泉回遊式庭園。

安政3年(1856)に1年がかりで作庭され、孝明天皇が巡覧指示されました。

 

御内庭

 

【御三間】

明治天皇が幼少の頃、「御手習始め」や「御読書始め」をされ、孝明天皇が崩御された後、御常御殿の改修が終わるまで明治天皇が住まわれていました。

 

御三間の説明

 

【御台所跡】

今は広場となっている所は、天皇や公家その他従者の食事のための調理所や、奉公人の部屋、武の休息所が存在していましたが、戦争末期には空襲による類焼防止の名のもとに解体されました。

 

御台所跡の説明

 

【解散】

最後に御台所跡の広場で、無事解散しました。(会員 丹羽氏昭)

 

(写真 須田信夫)

(広報 須田信夫)