第118回歴史探訪会(南部会)いま山科がおもしろい「地味だけど 滋味深い 東野を往く」(2025.5.26)
第118回歴史探訪会(南部会)
いま山科がおもしろい「地味だけど 滋味深い 東野を往く」
【日時】令和7年5月26日(月)12:30(受付) 13:00(出発) 15:20(解散)
【集合場所】地下鉄東西線「東野駅」
【参加人員】参加者41名、スタッフ9名
【参加費】800円(お寺へのお礼を含む)
南部会で山科を取り上げるのは3回目
今回は、地下鉄東西線東野駅を集合場所とし、外環状線から東のエリアに焦点を当て、蓮如上人関連(山科本願寺関連)を始めとする、古代、中世、近世、現代の街道や旧跡を訪ねました。
《冒頭あいさつ》
・南部会スタッフの紹介を行うとともに、交通頻繁な危険なコースであることから、スタッフの指示に従い、安全管理に努めていただくことをお願いしました。

南部会のスタッフを紹介する伊藤義男会員(中央)
・中島孝和理事からも、併せて、交通事故を初めとする安全管理に対するお願いがなされました。

挨拶する中島孝和理事
《蓮如上人と山科本願寺石山寺、ゴルフ道》の説明~田中まさみ会員
外環状線の西側に存在した山科本願寺、蓮如上人の遍歴などについて説明を行いました。

一列になって進みます
《蓮如上人御指図の井》の説明~松若忠雄会員
水不足に困窮していた当地域に伝わる井戸に関連した説明を行いました。

蓮如上人御指図の井
《南殿・光照寺》の説明~田中まさみ会員
山科本願寺の東に位置する「蓮如の隠居所」は、山科本願寺の防御施設としての機能をも持っていたこと。東にあるのになぜ南殿と呼ばれるのかなどについて説明を行いました。

南殿・光照寺

蓮如上人像(南殿・光照寺)
《若宮八幡宮》の説明~野津隆会員
神社の謂れ、八幡神、大津皇子、粟津王との関係などについて説明を行いました。

若宮八幡宮

大津皇子、粟津王供養塔(若宮八幡宮)
《皇塚(おうつか)》の説明~日野英子会員
山科最古と言われる古墳、大塚の地名の謂れなどについて説明を行いました。

皇塚(おうつか)
《妙見信仰、妙見道》の説明~萩原志貴子会員
北極星、北斗七星を「妙見さん」として神格化する信仰が江戸時代に流行したこと。都三条から妙見寺に至る「妙見道」などについて説明を行いました。

妙見寺

妙見堂の中を拝観
《大塚信号所》の説明~野津隆会員
かつて、京都駅~稲荷駅~山科を経由して大谷駅へと走っていた旧東海道線の途中にあった「大塚信号所(引き込み線)」、また、その下を潜って東側へと通り抜けるためのトンネルなどについて説明を行いました。

大塚信号所跡

トンネル跡
《おさん・茂兵衛の供養塔(宝迎寺)》の説明~伊藤義男会員
井原西鶴の「好色五代女」や近松門左衛門の人形浄瑠璃「大経師昔暦」などの演目の題材となった「おさん・茂兵衛」の供養塔(粟田口刑場から移設)をお参りしました。

おさん・茂兵衛の供養塔(宝迎寺)
《第9世実如上人、第10世証如上人の墓》の説明~酒井源弘会員
西本願寺山科別院(かつての山科本願寺の一角に当たる)から、当該墓に至る参道があったこと。2人の上人がこの山科の地で活動していたことが偲ばれることなどについて説明しました。

実如上人(左)、証如上人の墓
《終了あいさつ》~田中まさみ会員
最後に、近くに「山科ゴルフ場」跡があり、スタート地点で説明した「ゴルフ道」まで戻ってきていることなどについて説明を行いました。(会員 伊藤義男)
(広報 須田信夫)
(写真 須田信夫)