活動内容

第46回都草美化活動~豊国神社~(12.3.3)

  

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   ★豊国神社 唐門

 

 

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46回都草美化活動~豊国神社~(12.3.3

 

◆日  時:33()午前10時集合

◆場  所:豊国神社(京都市東山区大和大路正面茶屋町)

◆参加人員:29名(女性8名、男性21名)

 

 稲荷神社と馬塚を中心に落葉の掃除を行いました。ごみは宝物館の裏の神社指定の場所に集めました。全体にきれいで落葉も少なく皆さんはやりがいが無かったかと思います。

1時間の掃除の後、飯島禰宜より唐門の前でお話を伺いました。

由緒

豊臣秀吉公は慶長3年(1598818日京都伏見城で六十二年の生涯を終え、遺命により京都東山連峰の秀峰(阿弥陀が峰)に埋葬された。翌慶長4年には山腹の太閤坦に日本最初の権現造りで壮麗にして雄大な社殿の造営が行われ、後陽成天皇により「豊国大明神」の神号を与えられ神として祀られた。その社殿は豊国社(とよくにのやしろ)と呼ばれ、境内の広さは約30万坪にのぼった。

しかし豊臣家滅亡の後、豊国社は徳川氏の手によって完全に破却され、以後250年の長きにわたり庶民の参拝もままならず、むなしく草むらに埋もれて跡形も無くなってしまっていた。しかし明治6年、明治天皇のご沙汰により別格官幣社に列せられ、明治13年旧方広寺大仏殿跡地に復興されたのが現在の豊国神社である。

唐門(国宝)

伏見城の遺構で二条城から金地院を経てここに移された。総欅造りで豪華な気風を表現した桃山建築の中でも代表的な物に数えられている。正面に掲げられている豊国大明神の御神号額は後陽成天皇の御宸筆によるもので、旧豊国神社伝来の勅額である。

(豊国神社参詣のしおりより)

終了後、櫻井理事の案内によりミニツアーを行いました。大仏さんの話、方広寺の話、このあたりの通の話(これは時間の都合で後日になる)

 

                                   (記事:美化活動部長 鹿田晴彦)

        

 

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                       ★美化活動前に参加受付チェック      

         

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         ★飯島禰宜

         

  

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★飯島禰宜からお話を伺う 

 

 

 

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       ★ひょうたん形の絵馬 風が吹くと パタパタ 乾いた音がする

         

 

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  ★お疲れさまでした

 

  

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       ★馬塚

         

 

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       ★栴檀の実

       

 

 

 

 

(事務局 小松香織)

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