活動内容

第93回研究発表会報告、堂園 光子 会員、吉岡 央 会員(18.3. 26)

第93回研究発表会報告、堂園 光子 会員、吉岡 央 会員(18.3. 26)

◆日 時:平成30年3月26日午後1時10分~午後4時00分

◆場 所:ひとまち交流館 京都 3階

◆研究発表:1. 「古事記はおもしろいⅧ」 堂園 光子 会員

      2.「京阪京津線の今昔とその魅力」 吉岡 央 会員

◆参加人数:25名

 

 第1部は、「古事記はおもしろいⅧ」 堂園 光子会員です。

今回は履中天皇から雄略天皇までをお話し致しました。

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この時代、中国は南北朝の時代で、南朝の宋の国に日本の国王が五代にわたって朝貢したことが
中国の歴史書に書かれてあります。
けれども日本の歴史書には書かれていません。それでこの五王がどの天皇に当たるのか決定的な
ことは分かりません。

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日本国内は非常に不安定な時代でした。
天皇位は履中天皇の後、弟の反正天皇が継ぎ、その後も兄弟相続が続きます。
在位期間が短く、また天皇の子や孫で皇位につかなかった人は一人(反正天皇の子タカラ皇子)を
除いて皆、殺されています。

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王権の内部で熾烈な権力争いがあったことが想像できます。
そして葛城氏を後ろ盾として繁栄してきた河内王朝は雄略天皇が葛城氏を滅ぼすことによって
これ以後衰退の一途をたどっていくことになります。
                         (会員 堂園 光子)

 


 

 第2部は、「京阪京津線の今昔とその魅力」 吉岡 央会員です。

昨秋10月が市営地下鉄東西線開業・京津線 (以下京津線と略称) 御陵駅地下化20年という節目であったので
発表の企画をしました。現在京都市内を走る鉄道事業者は10(社・局・寺),路線数は21路線あります。
各事業者・路線ともそれぞれ特色があり市民生活・観光の為に日夜安全運行に努力されています。
その中でも私は京津線が魅力たっぷりの路線と思う。

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 明治13年7月JR東海道線 京都・大津間が開業しましたが、京都駅・大津駅(浜大津)
・馬場駅(現JR膳所駅)は両市内の中心部ではなく周辺部・湖岸に建設されました。又大津市内の逢坂山から
浜大津までは下りの急勾配につき、鉄道ルートとしては勾配緩和の為に馬場駅で進行方向を逆転するスイッチ
バック方式となった。更に京都市内でも京都駅から山科へのルートも現行ルートではなく、勾配緩和の為に現
JR奈良線の稲荷駅まで南下してここから進路を北東へととり現在の名神高速道路と全く同じルートで深草大
亀谷・山科小野・大津市大谷へと移動距離を長くして徐々に高度を上げた。この為京都駅・大津駅間は1時間
4分もかかった。しかし市民の要望は所要時間の短縮や、乗車しやすい市街地中央部を通る鉄道の布設であった。
明治中期には大津市の有力者達が現在の琵琶湖疏水とほぼ同じルートをとり京都の南禅寺までの鉄道等を計画
したが、結局は挫折した。

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 明治39年3月、京津線の前身会社の京津電気軌道が鉄道敷設の申請を行い、途中紆余曲折はあったが工事も
無事完了して三条大橋・大津札の辻間が大正元年8月に開業した。現在の京津線ですが(現)びわ湖浜大津駅から
太秦天神川駅行に乗るとすぐに路面電車の区間です。路面電車は最大長さ30m以下という規定があるが、
特別な許可をもらい4両編成64mの長大編成の路面電車として走る。約400mの同区間を終えると専用軌道に
入るが、これがまた急カーブ・急勾配の連続です。


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急カーブでは車輪からの騒音を抑える意味でレールに水が撒かれ、急勾配でも電車の車軸が全てが動力軸に
なっており力強く走る。そして専用軌道から地下鉄への複雑な捻じれトンネルへと続きます。
以上見所は満載です。
 ぜひこの魅力を観光案内のネタにして下さい。絶対に受けますよ。(会員 吉岡 央)

 

(広報部 岸本 幸子)

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