活動内容

第73回 都草歴史探訪会西部会~新しい発見を求めて~(2017.3.23)

第73回 都草歴史探訪会西部会~新しい発見を求めて~

「四条通に右京盛衰の史跡を訪ねて」

日  時 2017年3月23日(木)13:00出発

集合場所 市バス:壬生寺道 元祇園社境内

コース  元祇園社(梛神社)~日本写真印刷㈱/印刷歴史館~朱雀院~西宮~淳和院

     ~西院春日神社~邦恒堂~小泉城

参加費  500円(非会員1000円)

参加者  41名(非会員5名)

 

今年初めての歴史探訪会は、好天に恵まれたなか、元祇園梛神社から西院春日神社まで、四条通りを西に歩きました。


元祇園梛神社
元祇園梛神社

初めに俊藤靖部長が、今日のコースは平安時代初期に朱雀院や西宮、淳和院が営まれていたところで、その盛衰を楽しんで頂きたいと挨拶、続いて、歴史探訪会西部会の恒例となった「私が堂園です!」で始まる堂園光子副部長が、神社と祇園会の関わりや素盞嗚尊と牛頭天王、朱雀院から移された隼神社について、古事記研究家の切り口から明快に解説しました。

元祇園梛神社に集合した会員の皆さん 正面が社殿、右が隼神社
元祇園梛神社に集合した会員の皆さん 正面が社殿、右が隼神社

 

コースの説明をする俊藤靖部長(左)と久世幸男副部長
コースの説明をする俊藤靖部長(左)と久世幸男副部長

 

「私が堂園です!」堂園光子副部長
「私が堂園です!」堂園光子副部長

さらに、俊藤部長が、江戸から明治、昭和に至る右京の河川の変遷について、自らが手を加えた地図を使って、当時の地形を蘇らせた説明を行いました。

境内にある椥の木と御供石
境内にある椥の木と御供石

 

四条通りを西へ
四条通りを西へ

最初に立ち寄った日本写真印刷㈱は朱雀院の跡地にあります。

 

日本写真印刷に到着
日本写真印刷(株)に到着

本館・印刷歴史館の二階レセブション・ホールで、日本写真印刷(株)常勤監査役兼ニッシャ印刷歴史館の小西均館長に、明治39年(1906)創業の京都綿ネルから、建物を引き継いだ現在の会社に至るまでの歴史についてお話しを伺いました。

バルコニーを支えるエンタシスの石柱が美しい本館・印刷歴史館
バルコニーを支えるエンタシスの石柱が美しい本館・印刷歴史館

 

2階のレセプション・ホールをお借りしました
2階のレセプション・ホールをお借りしました

 

小西館長に日本写真印刷(株)の沿革について説明していただきました
小西館長に日本写真印刷(株)の沿革について説明していただきました

その後、館内に展示しているグーテンベルグの印刷機(複製)、世界で最も古い印刷物のひとつといわれる百万塔・無垢浄光陀羅尼経の実物など、貴重な資料を見せていただきました。

 

百万塔・無垢浄光陀羅尼経(ニッシャ印刷歴史館提供・転載不可)
百万塔・無垢浄光陀羅尼経(ニッシャ印刷歴史館提供・転載不可)

お世話していただきました小西均館長様、ニッシャ印刷文化振興財団事務局の長岡秀明様、百合悦子様、大変ありがとうございました。

 

左から小西館長様、長岡秀明様、百合悦子様
左から小西均館長様、長岡秀明様、百合悦子様

引き続き、レセブション・ホールをお借りして、高橋明俊会員が、南北530m、東西290mもあった朱雀院について、吉村哲郎会員が、朱雀院の西に造営され、源高明(西宮左大臣)の壮麗な豪邸であった西宮、安和の変による高明の失脚と藤原北家の隆盛を説明しました。


朱雀院について説明する高橋明俊会員
朱雀院について説明する高橋明俊会員
源高明と西宮について説明する吉村哲郎会員
源高明と西宮について説明する吉村哲郎会員

さらに久世副部長が、桓武天皇誕生に大きな役割を果たした式家の百川が藤原氏の内紛で失脚、嵯峨・淳和の兄弟とその子の迭立から、承和の変で、仁明・文徳・清和の直系王朝となったことについて説明しました。 


次の目的地はカトリック西院教会、朱雀院跡から四条通りを再び西に移動しました。


朱雀院蹟の石柱と説明版
朱雀院蹟の石柱と説明版

 

カトリック西院教会
カトリック西院教会

教会の敷地をお借りして、趣味が電車という切島勇会員が、京福電鉄(嵐電)の変遷と新京阪(阪急)の地下化、路面整備費用や四条通のトロリーバスの運用の経緯を説明しました。また昭和9年、10年の京都大災害にも触れ、最後に3月25日から嵐電と阪急の西院駅が繋がることも報告しました。

嵐電の変遷と阪急の地下化など、趣味が電車という切島勇会員が熱く語りました
嵐電の変遷と阪急の地下化など、趣味が電車という切島勇会員が熱く語りました

久世副部長が、京福の「西院・さい」と阪急の「西院・さいいん」の呼び名について、昭和36年5月18日付の京都新聞記事の紙上論争や高山寺の関わりも紹介、淳和院の推定範囲についてもお話しをしました。

最後に訪問した西院春日神社では、梅が咲き誇っていました。

西院春日神社に到着しました
梅の花が咲く西院春日神社に到着しました

久世副部長が、なぜか院の南西の地に鎮守神が祀られている、との問いかけと春日神社、疱瘡石、還来神社、野々宮の名称の発祥とされる西院野々宮神社について説明しました。

春日神社で説明するの久世副部長
春日神社の説明をする久世副部長

続いて、仏師定朝と邦恒堂を解説、今は跡形もない邦恒堂について、西田民子副部長が自分で描いた大型の地図とイラストで位置を確定、説明しました。また邦恒堂に祀られていた丈六阿弥陀と定朝との関係、寄木造りのお話しをしました。

仏師定朝と邦恒堂の解説をする西田民子会員
仏師定朝と邦恒堂の解説をする西田民子会員

最後に熊谷喜輝会員が、上杉本洛中洛外図に描かれる小泉城(さいのしろ)の説明を行い、得意の細川家系図を基にわかりやすく解説をしました。とりわけ、資料として加えられた、応仁の乱以後の京都の覇権争いは、関係図がわかりやすいと好評でした。

予定にはなかったのですが、普段は毎月1日、11日、15日にのみ公開している霊石「疱瘡石」を、神社のご厚意で見せていただきました。参加者は霊石に触れ、病気平癒や災難厄除けをお願いしました。神社のお話では、昔は流行り病が起こると、この霊石が濡れたと言い伝えられているそうです。

 

西院春日神社の霊石「疱瘡石」
西院春日神社の霊石「疱瘡石」

 

(会員 久世幸男)
(広報部 須田信夫)
(写真 熊谷喜輝、須田信夫)

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