活動内容

醍醐もちもちぃんウォーク(14.11.8)

醍醐もちもちぃんウォーク ~明智の道しるべ・小栗栖の道を訪ねて~

主 催 醍醐もちもちぃんウォーク企画委員会(醍醐支所地域力推進室)
日 時 平成26年11月8日(土)9時~12時 晴
コース (スタート:醍醐支所駐車場)→北小栗栖天神宮→明智薮→本経寺→小栗栖八幡宮→
         【トイレ休憩】小栗栖宮前小学校→ 白龍弁天神社→石田の杜→(ゴール:醍醐図書館前)
         【全行程 約3.6km】
参加者 107名(都草4名)
スタッフ 都草歴探南部・伏見深草支部 10名

出発前の都草スタッフの皆さん
出発前の都草スタッフの皆さん

11月8日秋晴れの下、醍醐もちもちぃんウォークが開催されました。伏見区民向けの催しでしたが、都草のスタッフも武富会員力作の資料を片手に、各地点で丁寧な解説を行いました。
スタート地点では、醍醐五大力尊の餅上げ神事からのゆるキャラ「もちもちぃん」も応援に駆け付け、混雑が予想されるため、参加者は8班に分かれ5分ごとの時間差出発となりましたが、全員無事に時間通りに行程を終えました。

「もちもちぃん」
「もちもちぃん」

①北小栗栖天神宮
急な階段の上にあり、創建年は不明だが、飛鳥時代に藤原鎌足の長子・定恵(じょうえ)和尚が建立した法琳寺の鬼門除けとして祀られた神社といわれています。

北小栗栖天神宮への道
北小栗栖天神宮への道
北小栗栖天満宮本殿
北小栗栖天満宮本殿


②明智藪
本能寺の変で信長を打ち取った光秀が、天王山の戦いで敗れ、坂本城を目指して伏見大亀谷から旧小栗栖街道へ抜ける途中、地元の武士集団に襲撃されたのが、ここ明智薮です。

光秀の通った道
光秀の通った道
明智薮石碑
明智薮石碑
明智薮
明智薮

③本経寺
明智藪のすぐ近くにある日蓮宗の寺院で、1506年に創建されました。明治以前は日蓮宗の壇林として栄えました。本堂左手に光秀公供養塔があります。

本経寺
本経寺
明智光秀公供養塔
明智光秀公供養塔

④小栗栖八幡宮
862年、武内宿禰の末裔である紀興道(きのおきみち)が石清水八幡宮の分霊をこの地に祀ったものです。その後鎌倉末期に飯田氏がここに築城し、飯田城とも小栗栖城とも呼ばれました。

小栗栖八幡宮
小栗栖八幡宮
飯田城名残の石垣と本殿
飯田城名残の石垣と本殿

⑤白龍弁天神社
住宅街の一角にありますが、昔はこの辺りは沼地で、山科川の氾濫時の遊水地のようになっていました。なお、「白龍」は弁天様の化身といわれています。

白龍弁天神社
白龍弁天神社

⑥天穂日命(あめのほひのみこと)神社・石田(いわた)の杜
天穂日命神社は、「万葉集」の和歌の名所として知られた石田の杜にあり、この地はかつて、大和と近江を結ぶ交通の要衝で道中の安全を祈ったと伝えられています。祭神の「天穂日命」は出雲の祖神で、出雲系の人々によって飛鳥時代に創建されたといわれています。

天穂日命神社・石田の杜入口
天穂日命神社・石田の杜入口
天穂日命神社参道
天穂日命神社参道
市内に例のない二間社流造の本殿
市内に例のない二間社流造の本殿

スタッフの皆様お疲れ様でした。


(写真撮影・記事 熊谷喜輝)
(広報部 熊谷喜輝)

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